第8章の最後で、単位円上の点 P(cos α, sin α) を β だけ回転させた点の座標 (cos(α + β), sin(α + β)) を、cos α・sin α・cos β・sin β で書けないかと問いました。この章の主役はその答え、加法定理です。まず cos(α − β) を「弦の長さを 2 通りに書く」ことで証明し、残りの sin(α ± β)・cos(α + β)・tan(α ± β) は第6章の公式(−θ・π/2 − θ)から芋づる式に導きます。これで π/12 = π/4 − π/6 のような「三角定規にない角」の値が計算で出せるようになり、第1章で図から求めた sin 15° と同じ値が現れます。後半は、α・β の値から α + β の値を求める問題、2 直線のなす角(tan の加法定理)、加法定理を使った等式の証明を扱い、章末で β = α とおいて第10章「2倍角・半角の公式」につなぎます。
cos(α − β) を導く——弦の長さを 2 通りに書く
第8章の最後で、単位円上の点 P(cosα, sinα) を β だけ回転させた点の座標 (cos(α+β), sin(α+β)) を、cosα,sinα,cosβ,sinβ で書けないか、と問いました。「角の足し算」を「値の計算」に翻訳する公式——それが加法定理です。
いきなり α+β に向かうより、cos(α−β) から始めるのが近道です。単位円上に 2 点 P(cosα, sinα),Q(cosβ, sinβ) をとります。動径 OP と OQ のなす角は α−β です(図では 0<α−β<π の場合を描いています。それ以外の場合は厳密定義ページで扱います)。この 2 点を結ぶ弦 PQ の長さを、2 通りの方法で書いてみます。
1 つ目:距離の公式。 2 点の座標が分かっているので、数II の「2 点間の距離」で計算できます。
PQ2=(cosα−cosβ)2+(sinα−sinβ)2
展開して sin2α+cos2α=1,sin2β+cos2β=1 を使うと
PQ2=2−2(cosαcosβ+sinαsinβ)
2 つ目:余弦定理。 三角形 OPQ は OP=OQ=1、はさむ角が α−β なので、第3章の余弦定理から
PQ2=12+12−2⋅1⋅1⋅cos(α−β)=2−2cos(α−β)
同じ長さを 2 通りに書いたのですから、右辺どうしは等しいはずです。2−2(…) の形をそろえて比べると、かっこの中身が一致します。
2 つ目の式は、図の右側のように「全体を −β だけ回転させる」と見ることもできます。回転しても弦の長さは変わらないので、Q が点 A(1, 0) に来たとき、P は P′(cos(α−β), sin(α−β)) に来て、P′A2=(cos(α−β)−1)2+sin2(α−β)=2−2cos(α−β)。余弦定理を使わなくても同じ式が出ます。定規を机の上でくるりと回しても、目盛りの長さは変わらない——2 点の「距離」は回転で変わらない量なので、回転の前後で同じ長さを 2 通りに書けるわけです。
第2章の j20 で AP2=2−2cosθ を出し、第3章の余弦定理につなげたのを覚えているでしょうか。今回の 2−2cos(α−β) は、その「θ」が「2 つの角の差」になっただけです。あのときは片方の点が A(1, 0) に固定されていましたが、今回は両方の点が動くので、座標で書いた側に cosαcosβ+sinαsinβ という新しい形が現れました。
cos(α−β) は、単位円上の 2 点を結ぶ弦の長さを「距離の公式」と「余弦定理」で 2 通りに書いて比べると、cosαcosβ+sinαsinβ になるということです。
例題1:cos(α − β) の加法定理を使う
(1) 12π=4π−6π を用いて、cos12π の値を求めなさい。
(2) 公式1で α=2π とおくことで、第6章の公式 cos(2π−θ)=sinθ が導けることを確かめなさい。
【解答】
(1) α=4π,β=6π として公式1に入れます。
cos12π=cos4πcos6π+sin4πsin6π=22⋅23+22⋅21=46+2(2) 公式1で α=2π,β=θ とおくと
cos(2π−θ)=cos2πcosθ+sin2πsinθ=0⋅cosθ+1⋅sinθ=sinθたしかに第6章の公式5(1 行目の cos)と一致します。(確認終)
(1) の値はおよそ 0.966 で、cos12π が cos0=1 と cos6π≈0.866 のあいだにあることと合っています。(2) のように、第6章で「直線 y=x 対称」という図で説明した公式が、加法定理ではただの代入で出てきます。加法定理は、これまでの公式を全部含む、いちばん大きな公式です。
残りの 3 本——−β と π/2 − θ で芋づる式に
cos(α−β) が 1 本あれば、あとは第6章の公式4(−θ)と公式5(2π−θ)で残りが導けます。新しい証明は要りません。
cos(α+β):α+β=α−(−β) と見て、公式1の β を −β に置き換えます。cos(−β)=cosβ,sin(−β)=−sinβ なので
cos(α+β)=cosαcos(−β)+sinαsin(−β)=cosαcosβ−sinαsinβ
sin(α+β):sin を cos に直します。第6章公式5より sinθ=cos(2π−θ) なので
sin(α+β)=cos(2π−α−β)=cos((2π−α)−β)
これは公式1の形で、cos(2π−α)=sinα,sin(2π−α)=cosα を使うと
sin(α+β)=sinαcosβ+cosαsinβ
sin(α−β):上の式で β を −β に置き換えれば出ます。
4 本を覚えるコツは、「sin はたすき掛け・同符号」「cos は仲間どうし・逆符号」です。sin の右辺は sinαcosβ と cosαsinβ のように sin と cos が交差し、cos の右辺は cosαcosβ と sinαsinβ のように同じ種類がペアになります。符号については、cos の式で逆になる理由が公式1の証明にあります。cos(α−β) で「+」が出たのは、弦の長さの式 2−2(…) を比べたときに sinαsinβ が + で残ったからで、β を −β に置き換えると sin(−β)=−sinβ でその符号がひっくり返ります。
第6章の公式5を思い出してください。sin(θ+2π)=cosθ を「y=x で折ってから y 軸で折る」という図で説明しました。公式2で α=θ,β=2π とおくと
sin(θ+2π)=sinθcos2π+cosθsin2π=sinθ⋅0+cosθ⋅1=cosθ
図を描かずに 1 行で出ます。第6章の「2π 回転で (x, y)→(−y, x)」は、加法定理の β=2π という特別な場合だったわけです。
cos(α−β) さえ証明すれば、β→−β と sinθ=cos(2π−θ) で残り 3 本が出て、sin は同符号・cos は逆符号になるということです。
例題2:π/12 の三角関数——第1章の値と一致する
(1) 12π=4π−6π を用いて sin12π の値を求め、第1章で図から求めた sin15∘=46−2 と一致することを確かめなさい。
(2) 125π=4π+6π を用いて cos125π の値を求めなさい。
【解答】
(1) 公式2の 2 本目(sin の差)に α=4π,β=6π を入れます。
sin12π=sin4πcos6π−cos4πsin6π=22⋅23−22⋅21=46−212π は 15∘ ですから、第1章 j19 で三角定規に二等辺三角形をくっつけて求めた sin15∘=46−2 とぴったり一致します。(確認終)
(2) 公式2の 3 本目(cos の和)に α=4π,β=6π を入れます。
cos125π=cos4πcos6π−sin4πsin6π=22⋅23−22⋅21=46−2(1) と (2) が同じ値になったのは偶然ではありません。125π=2π−12π なので、第6章公式5より cos125π=sin12π です。第1章では図を描いて 1 つの角の値を求めましたが、加法定理があれば 12π の整数倍の角(15∘,75∘,105∘,……)の値が、すべて計算だけで出せます。
tan の加法定理——cos α cos β で割る
tan(α+β)=cos(α+β)sin(α+β) に公式2を入れると
tan(α+β)=cosαcosβ−sinαsinβsinαcosβ+cosαsinβ
このままでは sin と cos が混ざっていて使いにくいので、分母・分子を cosαcosβ で割ります(cosα=0,cosβ=0 のとき)。cosαcosβsinαcosβ=tanα のように、各項が tan か 1 になります。
「分子は同符号・分母は逆符号」は、公式2の「sin は同符号・cos は逆符号」がそのまま分子(sin 由来)と分母(cos 由来)に写ったものです。tan の式に cos の面影が残っている、と思えば覚えやすいでしょう。
分母が 0 になる場合には注意が要ります。1−tanαtanβ=0、つまり tanαtanβ=1 のときは cos(α+β)=0 なので、tan(α+β) 自体が定義されません。たとえば α=β=4π なら α+β=2π で、公式3の分母は 1−1⋅1=0。「定義しない」角にちょうど対応しています。
tan の加法定理は sin・cos の式を cosαcosβ で割ったもので、分子は同符号・分母は逆符号、分母が 0 になる角では tan(α±β) が定義されないということです。
例題3:tan の加法定理を使う
(1) 12π=4π−6π を用いて tan12π の値を求めなさい。
(2) tan(θ+4π) を tanθ を用いて表しなさい。ただし θ=2π+nπ,θ+4π=2π+nπ(n は整数)とします。
【解答】
(1) tan4π=1,tan6π=33=31 を公式3の差の式に入れます。
tan12π=1+1⋅311−31=3+13−1=(3+1)(3−1)(3−1)2=24−23=2−3(分母・分子に 3 をかけて根号を分子・分母の外に出し、さらに分母を有理化しました。)第1章 j19 の tan15∘=2−3 と一致します。
(2) tan4π=1 なので
tan(θ+4π)=1−tanθ⋅1tanθ+1=1−tanθ1+tanθ(2) の形はよく出てきます。tanθ=1 のとき分母が 0 になりますが、それは θ=4π で θ+4π=2π となる場合で、問題文の「ただし」で除いてある角です。
α・β の値から α + β の値を——相互関係で残りを先にそろえる
加法定理の右辺には sinα,cosα,sinβ,cosβ の 4 つが要ります。問題で与えられるのはふつう「sinα=54 で α は第2象限」のように 1 つの値と象限だけです。だから、まず第6章の相互関係で残りの値を出し、4 つそろってから加法定理に入れます。第1章で「1 つ分かれば残りは芋づる式に決まる」と言ったのは、ここでも使えます。
手順 1 で符号を間違えると、答えの符号がまるごと変わります。第2章で「cos2θ から cosθ を求めるとき、鈍角なら負を選ぶ」と練習した場面が、ここでは α と β の 2 回分あります。象限を読んで符号を決めるところまでを「準備」と思ってください。準備がすめば、あとは公式に入れるだけです。
α+β の象限は、単位円で α と β の動径を足して目で確かめることもできますが、値が出ているなら sin(α+β) と cos(α+β) の符号で決めるほうが確実です。第6章の「地図の方角」の例えで言えば、東西(cos)と南北(sin)の符号がそろえば象限が決まります。
α+β の値を求めるには、相互関係で sin・cos を 4 つそろえ(符号は象限で決める)、加法定理に代入するということです。
例題4:α・β の値から α + β の値を求める
sinα=54,cosβ=−135 で、α の動径が第2象限、β の動径が第3象限にあるとき、次の値を求めなさい。
(1) sin(α+β)
(2) cos(α−β)
(3) α+β の動径がある象限
【解答】
まず残りの値を出します。α は第2象限なので cosα<0、β は第3象限なので sinβ<0 です。
cosα=−1−2516=−53,sinβ=−1−16925=−1312(1) 公式2の sin の和に代入します。
sin(α+β)=54⋅(−135)+(−53)⋅(−1312)=−6520+6536=6516(2) 公式1(cos の差)に代入します。
cos(α−β)=(−53)⋅(−135)+54⋅(−1312)=6515−6548=−6533(3) cos(α+β) も求めます。
cos(α+β)=(−53)⋅(−135)−54⋅(−1312)=6515+6548=6563sin(α+β)>0,cos(α+β)>0 なので
第1象限検算:(6516)2+(6563)2=4225256+3969=42254225=1。加法定理で出した sin(α+β) と cos(α+β) も、ちゃんと相互関係を満たしています。(3) は「第2象限の角と第3象限の角を足したら第1象限」という一見不思議な結果ですが、α≈0.7π,β≈1.4π なので α+β≈2.1π、つまり 1 周して少し過ぎたところ、と考えれば納得できます。
2 直線のなす角——tan の加法定理の応用
直線 y=m1x と y=m2x が原点で交わるとき、2 直線のなす角(交わってできる角のうち 0 以上 2π 以下のもの)を求めてみます。直線 y=mx が x 軸の正の向きとなす角を α とすると、傾き m は「右に 1 進んで上に m」ですから m=tanα です(第8章公式2の点 T(1, k) と同じ見方)。2 本の直線の角をそれぞれ α,β とすれば、なす角は α−β(またはその補角)で、tan(α−β) は公式3で計算できます。
絶対値がつく理由は、2 直線が交わると角が「θ」と「π−θ」の 2 種類できるからです。tan(π−θ)=−tanθ なので、公式3で出た tan(α−β) が負なら、それは鈍角側の角を測っていたことになり、絶対値をとれば鋭角側の tanθ になります。切片 b1,b2 は角に関係しません。直線を平行移動しても傾きは変わらないので、「原点を通る場合」に帰着できるからです。
坂道を 2 本並べて、それぞれの「勾配」(第1章の道路標識)が m1,m2 だとします。2 本の坂の開き具合を知りたいとき、勾配の差 m1−m2 をそのまま角にはできません。勾配は角の tan であって角そのものではないからです。公式5の分母 1+m1m2 は、その「ずれ」を直す補正項です。
m1m2=−1 で分母が 0 になる場合は、公式3のところで見た「tanαtanβ=1 なら tan(α+β) は定義されない」と同じ状況で、なす角が 2π になっています。数II の「2 直線が垂直 ⟺ m1m2=−1」が、加法定理の側からも見えたわけです。
2 直線のなす角は、傾きを tan と見て公式3を使い、絶対値をつけて鋭角側をとるということです。
例題5:2 直線のなす角を求める
次の 2 直線のなす角 θ(0≦θ≦2π)を求めなさい。
(1) y=2x と y=−3x+1
(2) y=x と y=(2−3)x
【解答】
(1) m1=2,m2=−3 を公式5に入れます。
tanθ=1+2⋅(−3)2−(−3)=−55=10≦θ≦2π で tanθ=1 となるのは
θ=4π(2) m1=1,m2=2−3 より
tanθ=1+1⋅(2−3)1−(2−3)=3−33−1=3(3−1)3−1=31θ=6π(2) は、例題3で 2−3=tan12π だったことを思い出すと、y=x(角 4π)と角 12π の直線のなす角は 4π−12π=6π、と暗算でも出ます。公式5はその暗算を、傾きしか分からないときにも使えるようにしたものです。(1) では絶対値の中が負でした。y=2x の角から y=−3x の角を引くと鈍角側の 43π になるので、絶対値で鋭角側の 4π に直しています。
加法定理で等式を証明する——展開して整理する
加法定理は「値を求める」だけでなく、「等式を示す」道具としても使います。やることは、sin(α+β) のような角の和・差を含む項を公式2で展開し、多項式の計算で整理して、右辺の形に持っていくことです。
「よく使う結果」の 2 つは、公式2の 1 本目と 2 本目を足すと cosαsinβ が消え、3 本目と 4 本目を足すと sinαsinβ が消えることから出ます。引けば逆の項が消えます。この「足したり引いたりして片方を消す」操作は、第12章の積和・和積の公式そのものです。ここでは「加法定理の式どうしを足し引きすると、積が和になる」ことだけ頭の隅に置いてください。
展開のあとは、sinα などを文字 a,b,c,d と思って整理するのがコツです。三角関数だと思うと手が止まりますが、(ac+bd)(ac−bd)=a2c2−b2d2 のような数I の展開だと思えば機械的に進みます。最後に sin2θ+cos2θ=1 を使って形を合わせるのは、第6章 j11・j12 の対称式の計算と同じ感覚です。
等式の証明は「加法定理で展開 → 文字式として整理 → 相互関係で形を合わせる」の 3 段階だということです。
例題6:加法定理で等式を証明する
次の等式を示しなさい。
(1) cos(α+β)cos(α−β)=cos2α−sin2β
(2) sin(θ+3π)−sin(θ−3π)=3cosθ
【解答】
(1) 左辺を公式2で展開します。
cos(α+β)cos(α−β)=(cosαcosβ−sinαsinβ)×(cosαcosβ+sinαsinβ)=cos2αcos2β−sin2αsin2β「和と差の積」の形です。cos2β=1−sin2β,sin2α=1−cos2α で cosα と sinβ にそろえると
cos2α(1−sin2β)−(1−cos2α)sin2β=cos2α−cos2αsin2β−sin2β+cos2αsin2β=cos2α−sin2βこれは右辺に等しい。(証明終)
(2) 公式6の「よく使う結果」の sin 版で、今度は引き算です。左辺の 2 項を展開すると
(sinθcos3π+cosθsin3π)−(sinθcos3π−cosθsin3π)=2cosθsin3π=2cosθ⋅23=3cosθこれは右辺に等しい。(証明終)
(1) で「cosα と sinβ にそろえる」と決めたのは、右辺にその 2 つしか出てこないからです。証明問題では、ゴールの形を先に見て、どの文字を残すかを決めてから相互関係を使います。(2) の sinθcos3π が消える様子は、第12章で「和を積に」直すときにもう一度出てきます。
第10章へ——β = α とおくと
加法定理の α,β はどんな実数でもよいのでした。では β=α とおいたらどうなるでしょう。公式2の 1 本目と 3 本目に入れると
sin2α=sinαcosα+cosαsinα=2sinαcosα,cos2α=cosαcosα−sinαsinα=cos2α−sin2α
角を 2 倍にした三角関数が、もとの角の三角関数だけで書けました。これが第10章の2 倍角の公式です。加法定理から 1 行で出るので、新しく覚える必要はありません。
第8章 j09 で sin2θ=21 を解いたとき、2θ をかたまり t として扱いました。2 倍角の公式があると、同じ sin2θ を 2sinθcosθ とほどくこともできます。かたまりのまま解くか、ほどいて sinθ・cosθ の式にするか——第10章では、その使い分けを練習します。
もう 1 つ、cos2α=cos2α−sin2α を cos2α=1−2sin2α と書き直して sin2α について解くと、角 2α の値から角 α の値が出る式になります。これが半角の公式で、cos6π から sin12π を出す、という逆向きの計算ができるようになります。この章で 12π=4π−6π という「引き算」で求めた値が、第10章では 12π=21⋅6π という「半分」からも出てきます。j20 でその入口を少しだけ見ておきましょう。
※ここは発展ページです。高校の範囲では「加法定理の 4 本(+ tan の 2 本)を使って値を求め、等式を示せる」ことで十分ですが、「本文の証明は 0<α−β<π の図で説明していたが、どんな角でも成り立つのか?」「tan の公式はいつ使えないのか?」「なす角の公式に絶対値がつく根拠は?」が気になる人のために、根拠を紹介します。
定義1:原点を中心とする回転
θ を実数とする。平面上の点 P を、原点 O からの距離 r=OP と動径 OP の角 α を用いて P(rcosα, rsinα) と表すとき、点 P′(rcos(α+θ), rsin(α+θ)) を対応させる移動を、原点を中心とする角 θ の回転という。原点自身(r=0)は原点に移す。
α のかわりに α+2nπ(n は整数)をとっても、第6章公式4より P′ は同じ点になるので、この対応は α の選び方によらず定まる。
「回転」という言葉は第5章(一般角)や第6章(2π 回転)で図の言葉として使ってきましたが、座標で定義するとこうなります。「α の選び方によらない」という一言は、第5章の弧度法や第2章の三角比のときと同じ「well-defined」の確認です。
定理1:cos(α − β) の加法定理(一般角)
すべての実数 α,β に対して
cos(α−β)=cosαcosβ+sinαsinβ証明 単位円上に P(cosα, sinα),Q(cosβ, sinβ) をとる。距離の公式と相互関係より
PQ2=(cosα−cosβ)2+(sinα−sinβ)2=2−2(cosαcosβ+sinαsinβ)⋯(A)一方、γ=α−β とおき、γ を 2π で割った余り γ0(0≦γ0<2π)をとる。さらに γ0≦π なら θ0=γ0、γ0>π なら θ0=2π−γ0 とおくと 0≦θ0≦π で、第6章公式4(周期・x 軸対称)より cosθ0=cosγ0=cosγ である。動径 OP は角 α、OQ は角 β の位置にあるから、θ0 は 2 本の半直線 OP,OQ のなす角(0 以上 π 以下でとったもの)である。
- 0<θ0<π のとき、三角形 OPQ ができ、OP=OQ=1,∠POQ=θ0。余弦定理より PQ2=2−2cosθ0=2−2cos(α−β)。
- θ0=0 のとき、動径が一致して P=Q、PQ2=0。一方 cos(α−β)=cos0=1 より 2−2cos(α−β)=0。
- θ0=π のとき、Q は P の原点対称の点で PQ=2、PQ2=4。一方 cos(α−β)=cosπ=−1 より 2−2cos(α−β)=4。
いずれの場合も
PQ2=2−2cos(α−β)⋯(B)(A) と (B) を比べて、cos(α−β)=cosαcosβ+sinαsinβ。(証明終)
本文の証明との違いは、∠POQ の取り方です。α−β は負にも 2π 以上にもなりえますが、三角形の角は 0 から π のあいだの値でなければ余弦定理が使えません。そこで「2π で割った余りをとり、π を超えていれば 2π から引く」ことで 0≦θ0≦π に収め、cos の値が変わらないことを第6章公式4で保証しています。第8章の厳密定義(定理2)で「任意の解を 2π で割って余りを取り出す」技法を使いましたが、ここでも同じ技法です。三角形が「つぶれる」θ0=0,π の 2 つの場合を別に確かめているのは、余弦定理が三角形の存在を前提にしているためです。
定理2:残りの加法定理
すべての実数 α,β に対して
cos(α+β)=cosαcosβ−sinαsinβ,sin(α+β)=sinαcosβ+cosαsinβ,sin(α−β)=sinαcosβ−cosαsinβ証明 定理1は任意の実数で成り立つので、β に −β を代入してよい。第6章公式4(cos(−β)=cosβ,sin(−β)=−sinβ)より 1 つ目が従う。
2 つ目は、第6章公式5(sinφ=cos(2π−φ),これも任意の実数 φ で成り立つ)を φ=α+β に用い、2π−α−β=(2π−α)−β と見て定理1を適用する。
sin(α+β)=cos(2π−α)cosβ+sin(2π−α)sinβ=sinαcosβ+cosαsinβ3 つ目は 2 つ目に −β を代入する。(証明終)
定理2の証明は本文と同じですが、「定理1が任意の実数で成り立つ」ことが要点です。もし定理1が 0<α−β<π でしか示されていなければ、−β や 2π−α を代入した先で条件が崩れるかもしれません。定理1を一般角で証明しておいたおかげで、代入が自由にできます。
定理3:tan の加法定理と、その成立条件
cosα=0,cosβ=0 とする。このとき
cos(α+β)=0⟺1−tanαtanβ=0であり、この条件のもとで
tan(α+β)=1−tanαtanβtanα+tanβ証明 定理2より
cos(α+β)=cosαcosβ−sinαsinβ=cosαcosβ(1−tanαtanβ)cosαcosβ=0 だから、左辺が 0 でないことと 1−tanαtanβ=0 は同値である。この条件のもとで、tan(α+β)=cos(α+β)sin(α+β) の分母・分子を cosαcosβ で割ると
tan(α+β)=cosαcosβcosαcosβ−sinαsinβcosαcosβsinαcosβ+cosαsinβ=1−tanαtanβtanα+tanβ(証明終)
本文の公式3で「α,β,α+β のいずれも 2π+nπ でないとき」と書いた条件は、この定理の「cosα=0,cosβ=0,cos(α+β)=0」を角で言い換えたものです。定理3が示しているのは、3 つ目の条件が「公式の分母が 0 でない」ことと同じだという点で、つまり「分母が 0 になる ⟺ tan(α+β) が定義されない」です。分母が 0 になったら「値が無限大」ではなく「その角では tan を定義しない」と読みます(第2章・第6章の約束と同じ)。
定理4:2 直線のなす角
y 軸に平行でない 2 直線 ℓ1:y=m1x+b1,ℓ2:y=m2x+b2 のなす角を θ(0≦θ≦2π)とする。
- 1+m1m2=0 のとき tanθ=1+m1m2m1−m2。
- 1+m1m2=0 のとき θ=2π。
証明 ℓ1,ℓ2 が x 軸の正の向きとなす角を α,β(0≦α,β<π,α, β=2π)とすると m1=tanα,m2=tanβ である(切片は角に影響しない)。2 直線のなす角は ∣α−β∣ と π−∣α−β∣ のうち 2π 以下のほうで、これを θ とする。
第6章公式4より tan(π−φ)=−tanφ,tan(−φ)=−tanφ なので、θ がどちらであっても tanθ=∣tan(α−β)∣(ただし tan(α−β) が定義されるとき)。
1+m1m2=1+tanαtanβ=0 のとき、定理3(β を −β に置き換えた形)より cos(α−β)=0 で tan(α−β)=1+m1m2m1−m2。絶対値をとれば主張の式。
1+m1m2=0 のとき、定理3より cos(α−β)=0、すなわち α−β=2π+nπ。−π<α−β<π より α−β=±2π、よって θ=2π。(証明終)
絶対値の根拠は「θ と π−θ で tan の符号だけが変わる」ことです。また、数II で「2 直線が垂直 ⟺ m1m2=−1」と習う条件が、ここでは「tan(α−β) の分母が 0 ⟺ cos(α−β)=0 ⟺ なす角が 2π」として出てきました。y 軸に平行な直線(傾きが定義されない)を除いたのは、tan2π を定義しないのと同じ理由です。
**補足:回転が距離を保つこと。**本文の図の右側で「全体を −β だけ回転しても弦の長さは変わらない」と述べました。これは直観的には明らかですが、座標で確かめるには j18 の回転の式 (xcosθ−ysinθ, xsinθ+ycosθ) が要り、その式は加法定理から出ます。つまり「回転が距離を保つ」を根拠に加法定理を証明すると、循環になりかねません。定理1で余弦定理を使ったのは、この循環を避けるためです(余弦定理は第3章で三角比の定義から直接示してあります)。逆に、加法定理が証明されたあとなら、j18 の式から x′2+y′2=x2+y2 を計算で確かめられ、「回転は原点からの距離を保つ」が定理として得られます。2 点間の距離についても同様です。
補足:加法定理は三角関数を特徴づける。f(α+β)=f(α)f(β)−g(α)g(β),g(α+β)=g(α)f(β)+f(α)g(β) という 2 本の等式を満たすなめらかな関数の組 (f, g) は、定数倍や変数の伸縮を除けば (cos, sin) に限られることが、大学の数学で示されます(同じ型の「関数方程式」を指数関数 ax+y=axay も満たし、小話3の「三角関数と指数関数は親戚」はこの意味です)。第6章の小話でオイラーが sin を「関数」にした話をしましたが、関数になった三角関数を「三角形を使わずに」定義し直すとき、この加法定理が定義の役を果たすことがあります。