問1
を 1 つのベクトルで表しなさい。
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(中継点 B でつぎたす)
目次 / ベクトル / 数学C
—— 「向き」と「大きさ」をもつ量を、矢印で計算する ——
この章では、向きと大きさをあわせもつ量「ベクトル」を学びます。矢印をつなぐ・逆向きにする・伸び縮みさせるという操作が、そのまま足し算・引き算・実数倍になります。最後に、平面のどんなベクトルも 2 本の基準のベクトルでただ 1 通りに表せることを確かめ、図形の問題をベクトルで解く準備を整えます。
「駅から 300 m 歩いてください」と言われても、どこに着くかは決まりません。「駅から北へ 300 m」と言われて、はじめて行き先が 1 つに決まります。移動のように、大きさに加えて向きまで指定しないと中身が決まらない量があるのです。
長さ・面積・気温などは、 や のように 1 つの数で言い表せます。こうした量をスカラーといいます。これに対して、向きと大きさをあわせもつ量をベクトルといいます。力や速度もベクトルの仲間です。
ベクトルは矢印で表します。点 A から点 B へ向きをつけた線分を有向線分 AB といい、A を始点、B を終点と呼びます。矢印の向きがベクトルの向き、矢印の長さがベクトルの大きさです。
いちばん大切なのは 3 つ目です。ベクトルは「どこにあるか」を問題にしません。有向線分を平行移動してぴったり重なるなら、同じベクトルです。図の右側にある 2 本の青い矢印は、離れた場所にあっても同じ です。
道案内にたとえてみます。「北へ 300 m」という指示は、駅前で聞いても公園で聞いても同じ指示です。どこに着くかは出発点しだいですが、指示そのもの(向きと大きさ)は変わりません。ベクトルは、この「指示そのもの」を表していると考えてください。
ベクトルとは向きと大きさだけで決まる量で、平行移動して重なる矢印はすべて同じベクトルとみなすということです。
この章では、正六角形を題材にした問題がよく出てきます。正六角形は、中心と各頂点を結ぶと 6 つの正三角形に分かれるので、同じ向き・同じ長さの線分がたくさん見つかるからです。
正六角形 ABCDEF の中心を O とする。7 点 A,B,C,D,E,F,O のうちの 2 点を始点・終点とするベクトルのうち、次のものをすべて求めなさい。
(1) と等しいベクトル( 自身は除く)
(2) の逆ベクトル
【解答】
(1) まず、線分 OA と平行で長さが等しい線分を探します。辺 BC,辺 EF,それに OA と一直線上にある線分 DO の 3 本です。向きが「O から A へ」とそろうように始点・終点を決めると
たとえば四角形 OABC はひし形(4 辺がすべて等しい四角形)なので、向かい合う辺 OA と CB は平行で長さも等しくなります。
(2) 自身と (1) の 3 本の向きを、それぞれ反対にしたものです。
「平行で長さの等しい線分を探す → 向きを確かめる」の 2 段階で探すと、見落としが減ります。
A から B へ移動し、続けて B から C へ移動すると、全体としては A から C へ移動したことになります。この「続けて動く」ことを、ベクトルの足し算と決めます。
2 つのかき方が同じ答えになるのは、平行四辺形の向かい合う辺が「同じベクトル」だからです。平行四辺形のうち の終点から出ている辺は、 を平行移動してきたものにほかなりません。
電車の乗り換えを思い浮かべてください。A 駅から B 駅まで乗り、B 駅で乗り換えて C 駅へ。途中でどう乗り継いでも、最終的には「A 駅から C 駅へ行った」ことに変わりはありません。式 でも、乗り換え駅 B が消えています。前の矢印の終点と次の矢印の始点が同じ文字なら、しりとりのようにつないで真ん中を消せる、と覚えておくと便利です。
ベクトルの足し算は矢印をつぎたすことで、 のように中継点がそろっていれば、その点を消して にまとめられるということです。
次のベクトルを、それぞれ 1 つのベクトルで表しなさい。
(1)
(2)
【解答】
(1) 中継点 Q,R を順に消していきます。
(2) このままではつながらないので、交換法則でしりとりの順に並べかえます。
足し算の順番は自由に入れかえられるので、「つながる順」を探すのがコツです。
数の引き算 は「 を足すこと」でした。ベクトルでも同じように決めます。
始点を点 O にそろえると、次の式が成り立ちます(終点のほうから始点のほうを引く)。
また、 です。
2 つ目の式は、足し算から導けます。公式2より です。数の式と同じように を右辺へ移すと、 になります。図でいえば、始点をそろえた 2 本の矢印の先端どうしを結んだ矢印が差です。向きは「引くほうの先端から、引かれるほうの先端へ」です。
2 機のドローンを飛ばしている場面で考えてみます。基地から見て、ドローン A とドローン B がそれぞれどちらの方向にどれだけ離れているかが分かっていれば、「A から B へ」の移動は「B の位置 − A の位置」で求められます。基地がどこにあっても、差をとると基地の位置は消えてしまいます。
この「始点を 1 つにそろえて、差で表す」という考え方は、この分野を通して図形の問題を解くときの基本の型になります。
ベクトルの引き算は、始点をそろえた 2 本の矢印の先どうしを結ぶことで、(終点 − 始点)と書けるということです。
次の問いに答えなさい。
(1) を 1 つのベクトルで表しなさい。
(2) を 1 つのベクトルで表しなさい。
(3) 点 O を始点として , とするとき、 を , で表しなさい。
【解答】
(1) 引くベクトルは、逆ベクトルにして足します。 なので
(2) , と書きかえると
A から出発して A に戻ってくるので、動いていないのと同じです。
(3) 終点 − 始点 で
は、 と同じ向きで長さが 2 倍の矢印になります。これを と書くのは自然でしょう。このように、ベクトルに実数をかける操作を決めます。
実数 と に対して、 を次のベクトルと定めます。
また、 とします。どの場合も で、 です。
計算法則(, は実数):
計算法則を見ると、文字式の や とそっくりです。ですから、ベクトルの式は , を文字のように扱い、「かっこを外す」「同類項をまとめる」といういつもの手順で整理できます。ただし、ベクトルどうしのかけ算や割り算はまだ決めていません。割ってよいのは実数だけです。
動画の再生速度を思い浮かべるとイメージしやすくなります。2 倍速は同じ向きに 2 倍の勢いで進み、0.5 倍速は半分の勢い。もし「 倍速」があれば、同じ勢いで逆向き、つまり巻き戻しです。実数倍とは、矢印を伸び縮みさせ、負の数なら向きをひっくり返す操作です。
実数倍は矢印を伸び縮みさせる(負なら逆向きにする)操作で、計算法則が文字式と同じなので、, を文字のように扱って整理できるということです。
(1) を簡単にしなさい。
(2) を満たす を、, で表しなさい。
【解答】
(1) かっこを外して同類項をまとめます。
(2) 方程式を解くときと同じように、 を左辺に、それ以外を右辺に集めます。
両辺を 倍して
零ベクトルでない 2 つのベクトル , の向きが同じか反対のとき、 と は平行であるといい、 と書きます。実数倍 は を伸び縮みさせたり逆向きにしたりしたものなので、いつも と平行です。逆に、平行な 2 つのベクトルは、一方を伸び縮みさせれば他方になります。
, のとき
同じ線路を走る電車を思い浮かべてください。上り列車と下り列車は向きが反対ですが、同じ線路の上にいます。平行なベクトルとは「同じ線路の上にいる矢印」で、違うのは向き(上りか下りか)と長さ(何倍か)だけです。その違いをまとめて表すのが実数 です。
単位ベクトルは、大きさで割って長さを にそろえ、「向き」だけを取り出したものです。方位磁針の針のように、どちらを向いているかだけを伝えます。
また、始点が同じ 2 つのベクトル , が平行なら、B も C も A を通る同じ直線の上にあります。つまり 3 点 A,B,C は一直線上に並びます。
2 つのベクトルが平行とは一方が他方の実数倍になっていることで、単位ベクトルは大きさで割って「向き」だけを取り出したものだということです。
とする。
(1) と同じ向きの単位ベクトルを で表しなさい。
(2) と平行で、大きさが のベクトルを で表しなさい。
【解答】
(1) 大きさ を にするには 倍すればよいので
(2) 大きさを にするには、同じ向きなら 倍、逆向きなら 倍です。
「平行」には同じ向きと逆向きの両方が含まれるので、答えは 2 つあります。
平面上に、零ベクトルでなく互いに平行でもない 2 つのベクトル , を 1 組決めておきます。すると、平面上のどんなベクトルも「 をいくつ分、 をいくつ分」の組み合わせで表せます。
理由は図のとおりです。点 O から の方向と の方向に 2 本の直線を引き、 の終点 P からそれぞれに平行な直線を引くと、平行四辺形ができます。その 2 辺は , と平行なので、実数倍 , の形をしています。平行四辺形の対角線が和になる(公式2)ので、 です。
, で、 と が平行でないとき、 と は1次独立であるといいます。このとき
「ただ 1 通り」が大事な理由を確かめておきます。もし で だとすると、移項して となり、 が の実数倍になってしまいます。これは と が 1次独立であることに反します(詳しい証明は厳密定義のページにあります)。
クレーンゲームを思い出してください。「横」のボタンと「奥」のボタンの 2 つを押す長さを調節すれば、アームを箱の中のどこへでも運べます。しかも、ある場所へ運ぶための「横にどれだけ・奥にどれだけ」の組は 1 つしかありません。ところが、もし 2 つのボタンがどちらも横にしか動かさなかったら、アームは 1 本の直線の上しか動けません。2 つの方向が平行でない(1次独立である)ことが、平面全体を動き回るための条件なのです。
1次独立な 2 つのベクトルを「ものさし」にすると、平面上のどのベクトルも とただ 1 通りに書けるので、両辺の係数どうしを比べてよいということです。
正六角形 ABCDEF の中心を O とし、, とする。
(1) ,, を , で表しなさい。
(2) 実数 , が を満たすとき、, の値を求めなさい。
【解答】
(1) 四角形 ABOF はひし形なので、平行四辺形の対角線として
四角形 ABCO もひし形なので です。よって
D は直線 AO 上にあって なので
(2) と は正六角形の隣り合う 2 辺なので、零ベクトルでなく平行でもありません。つまり 1次独立です。係数を比べて
第2章では、座標を使ってベクトルを「2 つの数の組」(成分)で表します。この章で矢印の図をかいて行った計算が、そっくり数の計算に置きかわります。
まずは公式をそのまま使う、ごく簡単な問題で確認しましょう。
問1
を 1 つのベクトルで表しなさい。
(中継点 B でつぎたす)
問2
を 1 つのベクトルで表しなさい。
(終点 − 始点)
問3
を簡単にして、, で表しなさい。
問4
のとき、 を求めなさい。
問5
を求めなさい。
(A から出て A に戻る)
難易度マークは ★=基礎、★★=標準、★★★=入試レベルです。★から順に取り組みましょう。
問1 ★
正六角形 ABCDEF の中心を O とし、7 点 A,B,C,D,E,F,O のうちの 2 点を始点・終点とするベクトルを考える。(1) と等しいベクトル( 自身は除く)、(2) の逆ベクトル を、それぞれすべて求めなさい。
(1) ,, (2) ,,,
正六角形は、中心 O と各頂点を結ぶと 6 つの正三角形に分かれます。そのため、四角形 ABCO や ABOF はひし形になります。
(1) 線分 AB と平行で長さが等しい線分は、向かい合う辺 ED と、中心を通る直線 FC 上の線分 FO,OC です。向きが「A から B へ」とそろうように始点・終点を決めて
(2) 自身と (1) の 3 本の向きを、それぞれ反対にしたものです。
問2 ★
(1) ,(2) を、それぞれ 1 つのベクトルで表しなさい。
(1) (2)
交換法則で、しりとりのようにつながる順に並べかえます。
(1)
(2)
問3 ★
(1) ,(2) を、それぞれ 1 つのベクトルで表しなさい。
(1) (2)
引くベクトルは、逆ベクトルにして足します。
(1) なので
始点が A でそろっているので、「引くほうの先端 C から、引かれるほうの先端 B へ」と読んでも同じ答えになります。
(2) なので
問4 ★
(1) ,(2) を簡単にして、, で表しなさい。
(1) (2)
文字式と同じように、かっこを外して同類項をまとめます。
(1)
(2) 分数の係数は通分してからまとめます。
問5 ★
を満たす を、, で表しなさい。
かっこを外すと
を左辺に、残りを右辺に集めると
両辺を 倍して
問6 ★
のとき、 と逆向きの単位ベクトルを で表しなさい。
と同じ向きの単位ベクトルは、大きさ で割った です。逆向きにするには、さらに 倍します。
大きさを確かめると で、たしかに単位ベクトルです。
問7 ★
, は 1次独立とする。, のとき、 であることを示しなさい。
となるので平行(向きは逆)。
を でくくると
また、 です。もし なら、係数を比べて となり矛盾するからです。同様に です。
零ベクトルでない が の実数倍になっているので、 です。(証明終)
なので、 は と逆向きで、大きさは 倍です。
問8 ★
, は 1次独立とする。 を満たす実数 , を求めなさい。
, が 1次独立なので、 となるのは係数がどちらも のときだけです。
問9 ★★
正六角形 ABCDEF の中心を O とし、, とする。,, を , で表しなさい。
四角形 OABC はひし形なので、 です。始点を O にそろえて「終点 − 始点」で
D,E はそれぞれ A,B の O に関して反対側にあり、, なので
あとは「終点 − 始点」です。
問10 ★★
平行四辺形 ABCD で , とし、辺 BC の中点を M,辺 CD の中点を N とする。,, を , で表しなさい。
平行四辺形なので , です。
は、始点を A にそろえて「終点 − 始点」で求めます。
なので です。中学で学んだ中点連結定理(三角形 CBD で MN は BD に平行で長さが半分)が、ベクトルの式からも読み取れます。
問11 ★★
4 点 A,B,C,D について、 が成り立つことを示しなさい。
左辺 − 右辺 を並べかえると になる。
左辺から右辺を引きます。, なので
よって左辺 = 右辺 です。(証明終)
別解 点 O を始点にして、 のように各点へのベクトルを ,,, とおくと
どちらも なので等しくなります。始点を 1 つにそろえると、しりとりの順を探さなくても機械的に確かめられます。
問12 ★★
, を同時に満たす , を、, で表しなさい。
数の連立方程式と同じように、2 式を足して を消します。
2 つ目の式から なので
検算: で、1 つ目の式も満たします。
問13 ★★
, は 1次独立とする。 を満たす実数 , を求めなさい。
, が 1次独立なので、両辺の係数を比べられます。
2 つ目の式から 。これを 1 つ目に代入すると , より ,。
問14 ★★
, は 1次独立とする。 と が平行になるような実数 の値を求めなさい。
は の係数が 、 は の係数が なので、どちらも零ベクトルではありません。
平行になるのは、 となる実数 があるときです。
, は 1次独立なので、係数を比べて
を消すと ,,。
確かめ: のとき (同じ向き)。 のとき ,(逆向き)。
問15 ★★
のとき、 と平行で大きさが のベクトルを で表しなさい。
と平行な単位ベクトルは です。これを 倍すれば大きさが になります。
「平行」には同じ向きと逆向きの両方が含まれるので、符号 を忘れないようにします。
問16 ★★
三角形 OAB で , とする。辺 AB の中点を M,線分 OM の中点を N とするとき、, を , で表しなさい。
(終点 − 始点)なので
N は OM の中点なので 。よって
問17 ★★★
平行四辺形 ABCD で , とし、辺 BC の中点を M とする。対角線 BD と線分 AM の交点を P とするとき、 を , で表しなさい。
を 2 通りに表して、係数を比べます。
AM 上にあることから は と平行(同じ向き)なので、実数 を使って
( は問10 と同じです。)
BD 上にあることから となる実数 があるので
, は平行四辺形の隣り合う 2 辺なので 1次独立です。係数を比べて
2 つ目を 1 つ目に代入すると より ,。
なので です。三角形 PAD と三角形 PMB が相似で であることからも確かめられます。「2 通りに表して係数を比べる」は、第5章で交点を求めるときの基本の手順になります。
問18 ★★★
四角形 ABCD と点 P について、等式 が成り立つための必要十分条件は、四角形 ABCD が平行四辺形であることである。このことを示しなさい。
左辺 − 右辺 なので、等式 平行四辺形。
左辺から右辺を引き、始点 P でそろった差を「終点 − 始点」で読みかえます。
したがって
は「辺 AB と辺 DC が平行で長さが等しく、向きもそろっている」ことを表します。これは四角形 ABCD が平行四辺形であるための条件(1 組の向かい合う辺が平行で長さが等しい)そのものです。よって、等式が成り立つことと四角形 ABCD が平行四辺形であることは同値です。(証明終)
途中の式から P が消えているので、この等式が成り立つかどうかは点 P をどこにとっても変わりません。
問19 ★★★
1 辺の長さが の正六角形 ABCDEF について、 の大きさを求めなさい。
中心を O とし、, とおきます。例題6 と同じように
また、四角形 AOEF はひし形なので で
5 つを足すと
三角形 ABO は 1 辺 の正三角形なので 。よって大きさは
,, と、左右対称な 2 本ずつを組にしても同じ結果になります。
問20 ★★★
, は 1次独立とし、, とする。, も 1次独立であることを示し、 を , で表しなさい。
1次独立であること(解説参照).
1次独立であること まず零ベクトルでないことを確かめます。 とすると で、係数を比べると となり矛盾します。同様に です。
次に、 と仮定すると、 となる実数 があります。
係数を比べると かつ となり矛盾します。よって , は平行でなく、1次独立です。
を表す , より
これを代入して
検算: です。1次独立な組なら、「ものさし」を , から , に取りかえても、どのベクトルもただ 1 通りに表せます。
スマホで写真を大きく拡大していくと、やがて小さな四角い点が見えてきます。写真は、色のついた点(画素)を敷きつめてできたラスター画像だからです。一方、文字やロゴ、アイコンの多くは、どれだけ拡大しても輪郭がなめらかなままです。こちらはベクター画像と呼ばれる形式で保存されています。
ベクター画像の中身は点の集まりではなく、「この点から、この向きに、この長さだけ線を引く」という指示の集まりです。拡大するときは、指示に書かれた長さを何倍かにして描き直すだけ。この章で学んだベクトルの実数倍をしているようなものなので、ギザギザが生まれません。じつは、この章の図もベクター画像(SVG という形式)で描かれています。
豆知識
1970 年代のゲームセンターには、画面に電子ビームで直接線を引いて絵を描く「ベクタースキャン」方式のゲーム機がありました(1979 年の『アステロイド』などが知られています)。ちなみに vector という言葉は、ラテン語の vehere(運ぶ)から来ていて、もともとは「運ぶもの」という意味です。病原体を運ぶ蚊を医学で「ベクター(媒介生物)」と呼ぶのも同じ語源です。
成田からホノルルへの便は約 7 時間。ところが、ホノルルから成田へ戻る便は 8〜9 時間ほどかかります(季節や便によって変わります)。距離は同じなのに、なぜでしょうか。
理由は、日本の上空を西から東へ吹く強い風、ジェット気流です。冬には時速 200 km を超えることも珍しくありません。飛行機が地面に対して進む速度は、「空気に対する飛行機の速度」と「風の速度」という 2 つのベクトルの和になります。東へ向かう行きの便には追い風のベクトルが足されて速くなり、西へ向かう帰りの便には、進む向きと逆向きの風のベクトルが足されて遅くなるのです。
豆知識
風が真横から吹いているときも、ベクトルの足し算が活躍します。機首を滑走路にまっすぐ向けたままでは、横風に流されてしまいます。そこでパイロットは機首を少し風上に向けて飛び、「飛行機の速度 + 風の速度」の和がちょうど滑走路の方向を向くようにします。着陸前の飛行機が斜めを向いたまま近づいてくるのは、空の上で平行四辺形をつくっているからです。
ゲームのキャラクターを動かすプログラムでは、移動をベクトルで表すのが基本です。右キーを押すと右向きで長さ のベクトル、上キーを押すと上向きで長さ のベクトルを足して、キャラクターの位置を動かします。
では、右キーと上キーを同時に押すとどうなるでしょう。2 つのベクトルの和は 1 辺 の正方形の対角線になり、その長さは 。そのままでは、斜めに歩くときだけ約 1.4 倍速くなってしまいます。1990 年代のパソコン向けシューティングゲームでは、前進と横移動を同時に入力すると速く走れる現象が知られていて、プレイヤーの間では技として使われていました(※速さの倍率はゲームによって違います)。
直し方は、この章の単位ベクトルそのものです。足し合わせたベクトルを、その大きさで割って長さを にそろえ(プログラマーは「正規化」と呼びます)、それから速さをかけます。こうすれば、どの向きに歩いても同じ速さになります。
※ここは発展ページです。高校の範囲では「向きと大きさをもつ矢印」という理解で十分ですが、「平行移動で重なる矢印を同じとみなす」とは数学的にどういうことか、足し算は矢印の選び方に左右されないのか、が気になる人のために、少し厳密な見方を紹介します。
2 つの有向線分 AB,CD について、点 A を点 C に移す平行移動によって点 B が点 D に移るとき、AB と CD は同値であるといい、 と書く。この関係は次の 3 つの性質をもつ。
有向線分 AB と同値な有向線分全体の集まりをベクトルと呼び、 で表す。したがって である。
3 つの性質は、それぞれ「何も動かさない平行移動」「逆向きの平行移動」「2 つの平行移動を続けて行うと、また平行移動になること」から確かめられます。このような 3 つの性質をもつ関係を同値関係といいます。
同値関係があると、ものを「グループ」に分けられます。たとえば「整数を 3 で割った余りが等しい」も同値関係で、整数全体は余りが 0,1,2 の 3 つのグループに分かれます。同じように、平面上の有向線分は「平行移動で重なるもの同士」のグループに分かれ、その 1 つ 1 つのグループがベクトルです。つまりベクトルとは、1 本の矢印ではなく、平行移動で重なる矢印のグループ全体のことです。グループの中の 1 本(たとえば有向線分 AB)を、そのベクトルの代表といいます。
なお、 は「四角形 ABDC が平行四辺形である(4 点が一直線上にある、つぶれた場合も含む)」と言いかえることもできます。
, ならば である。
証明 点 B を点 B' に移す平行移動を とする。 より、 は C を C' に移す。一方、 より、A を A' に移す平行移動 は B を B' に移す。平行移動は 1 つの点の行き先で決まるので、どちらも B を B' に移す と は同じ平行移動である。
よって は A を A' に、C を C' に移す。これは 、すなわち を意味する。(証明終)
本文の公式2では「 の終点に の始点をつなぐ」と書きましたが、 をどの矢印で代表させるかは自由です。代表を取りかえると答えの矢印が別のグループに移ってしまうなら、足し算は定義として意味をもちません。定理1は、どの代表を選んでも答えが同じグループに入ること、つまり足し算がきちんと定まっていること(well-defined)を保証しています。三角比と三角関数 第1章の厳密定義で、三角比が三角形の選び方によらないことを確かめたのと同じ種類の確認です。
任意のベクトル ,, について
証明 定理1により代表は自由に選べるので、,, とつながるようにとる。
結合法則:どちらも になる。
交換法則: となる点 E をとる。 なので、A を B に移す平行移動 は E を C に移す。A を E に移す平行移動を とすると、平行移動は順番を入れかえても結果が同じなので
つまり は A を E に、B を C に移すので 、すなわち である。よって
(証明終)
, が 1次独立のとき、実数 ,,, について
証明 両辺に を加えると となる。
と仮定すると 。 なので であり、 は の でない実数倍、すなわち となる。これは 1次独立であることに反するので である。
このとき で、大きさを比べると 。 より である。(証明終)
本文の公式6の「ただ 1 通り」は、「表せる(存在)」と「表し方が 1 つしかない(一意性)」の 2 つに分かれます。存在は本文の平行四辺形の作図で、一意性は定理3で示したことになります。
集合 の要素どうしの和 と、実数 による実数倍 が定められていて、次の 8 つの法則を満たすとき、 をベクトル空間といい、その要素をベクトルという(,, は の要素、, は実数)。
この章で矢印について確かめた計算法則は、ちょうどこの 8 つです。大学の数学(線形代数)では、発想を逆にして、この 8 つを満たすものすべてを「ベクトル」と呼びます。たとえば のような 2 次以下の多項式も、足し算と実数倍ができて 8 つの法則を満たすので、ベクトルの仲間です。このときの「ものさし」は ,, の 3 本で、どの多項式も とただ 1 通りに表せます。平面のベクトルは 2 本のものさしで足りた(公式6)のに対して、こちらは 3 本が必要です。この本数が「次元」と呼ばれるものの入り口です。矢印は、ベクトルという大きな考え方の、いちばん身近な例なのです。
この章の学習が終わったら
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